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5月の雑感
| ここでは、普段から私が考えていることを徒然に書いていきます。内容は何を書くかわかりませんので、暇な人は見ていってください。ひょっとしたら私の性格分析ができるかもしれません。 |
| 5月です、大部分の猛禽は、抱卵 そして育雛へ・・・ |
| ○2001・5・30 人・車とも満身創痍・・・1 |
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| 最初のトラブルは、この写真のようにパンク(バースト)から始まった・・・・・ それは、酒酔いで意識不明になり転んで帰ってきた次の日の出来事である。翌日どうしても清里まで行かなければならない僕は、Mさんに運転してもらって清里まで行き、僕一人で帰ってくることになった。R141を少し甲府方面に帰ってくるときに、携帯に電話が・・・・・ 電話をとろうとしたら、いきなり左側の路側帯(植え込み)へドカン!・・・普通であればこんな事はないのだが、いかんせん片目のためいろいろな感覚が少しづつ狂ってきているのである。そして、左の前輪はあえなくバースト!・・・しかたなく、タイヤの交換をして帰ろうと思ったのだが、ここで再びトラブル発生!・・・イスズ車の車輪は特殊で、ホイールを取り付けるナットの径がオリジナルで19mmなのである。それに対して、スタッドレスタイヤのナット径は23mmなのである。ガビ〜ン・・・・・備え付けの工具では、バーストしたタイヤがはずせないのである。備え付けのナット回しは、オリジナルの19mm専用だったのである。 左目は見えないし、頭と顔は痛いし、おまけに吐き気までしてきて・・・・おっそうだ!、杉山氏にヘルプしてもらおう、と思い、祈るような気持ちで電話をかけたら、運良く自宅にいてくれたもんで、十字レンチを持ってきてもらい。しかもタイヤの交換まで手助けしていただき、なんとか動くようになった。感謝、感謝である・・・・・(杉山氏は、昨日の雑感の中でgakuさんの隣にいます) その後、頭痛と気分の悪さと戦いながらソロソロと甲府まで戻り、病院へ直行した。結果はご承知の通り頭蓋骨の右目の上と鼻の骨にヒビが入っていた。 これが今回のさまざまなトラブルの、ほんの序章。写真は、路側にぶつかりあえなくバーストした左の前輪です。これから、さらに忌まわしい出来事が続きます・・・・・ |
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| ○2001・5・28 宮崎学氏講演会顛末・・・ |
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| 昨日は日本野鳥の会甲府支部の設立30周年記念事業の一環として、写真家である宮崎学氏の講演会と、山梨を代表するナチュラリストの皆さんによる、自然派シンポジウムが開催された。会場には、会員以外の方もたくさん訪れ、熱心に講演やシンポジウムを聞いていた。僕も次女と三女を連れ聞きに行った。特に次女は、今年の国語の教科書に、宮崎さんの写真がたくさん掲載されているのを見てたので、会えることを楽しみにしていたようだ。絶対に飽きるだろうと思われた子供達も、しっかりと1時間半以上にわたる講演を聴いていた。 講演会の内容は、とてもこんなところで書ききれるような代物ではなく、まぁかいつまんで言えば、「人間を含めた自然を見る視点の的確さ」にあふれた内容であった。シンポジウムでは、パネラー諸氏がそれぞれの研究や活動内容を発表した後、会場の参加者と意見交換を行う形で進められ、終了後は、参加者らによる懇親会が開催された。 本日の写真は、左は懇親会のひとコマ。左からgakuさん、この間僕を助けてくれた清里のSさん、おなじみ両さん、両さんのお友達、です。写真には写っていないが、この左側には美女1名がいました。よって皆の視線は左側に釘付け・・・・・・ 右側の写真は、マイクを持ってスナックで講演中のgakuさん。ここでの講演は、もっぱらオケ付きでの講演であったことはいうまでもない。右側の2人は野鳥の会甲府支部の役員さん。gakuさんは、すでに上着を脱ぎ捨て、腕まくりまでして・・・・・・・・ ここまで来るのに、懇親会(ビール)→ホテルのレストラン(地ビール)→支那ソバ屋(ビール・酒)→スナック(焼酎・講演?)というプロセスであったが、僕が驚いたのは、支那ソバ屋でビールや酒を飲んで、なおかつ支那ソバまで食べて、その後にまた焼酎という旺盛な胃袋であった。小食な僕は飲んでから支那ソバなど絶対に食べられないのに・・・・・・ 皆さまどうもご苦労様でした。 |
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| ○2001・5・26 人車とも満身創痍・・・・・・・・・ |
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| ○2001・5・25 主夫の怒り |
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| 2日にわたる雨もあがり今日はいい天気になった。こんな日は猛禽たちも、朝からせっせと狩りをしているに違いない。職場の隣のビルでも、朝からチョウゲンボウのオスが盛んに餌運びをしていた。 ヒッキッキッキッキッキッー・・・・・・・・ オスが盛んに鳴いている。何か獲物を持ってきたオスが、メスを呼んでいるようだ。しばらく待って、メスが近くにいなくて帰ってこないようだと、しかたがない、といった感じで、オスは獲物を持って巣に飛び込むが、エサを置いてくるとすぐに飛び立ってしまう。我々サラリーマンの家族を見ているようだ。給料日に給料を持って帰ったら、家には誰もいなかった。そんな感じであろうか。 今日の夕方近くのスーパーに買い物に行ったときのことである。キャベツと卵と電球を買おうとして、それらを籠に入れてレジで待っていたら。僕の精算の順番になったら、隣のレジに行ってくれといわれた。「えっ、あなたそれはないでしょう!」・・・・・・近くにいたオバハン連中は、それを聞いて隣のレジになだれ込んだ。再び「えっ、あなたそれはないでしょう!」・・・・・・それでも隣のレジに行ったら、籠に山ほどの商品を入れ込んだオバハンが3人も並んだ。普段ならそれほどではないのだが、待つことが嫌いな僕は、なんか頭にきて、商品をすべて棚に戻し、そのスーパーを後にし違うスーパーに向かった。2つ目のスーパーにいったら美人の奥様方がたくさん買い物にきていて、しかも、レジのお姉さんも可愛くて、ちょっぴり得をした感じがした。ちなみに、最初いったスーパーの名前はオギノキャロット青沼店、2つ目のはオギノキャロット城東店というところでした。 本日の写真は、僕の職場の隣のビルの写真です。富国生命ビル2といいここの換気口の穴に営巣している。ここでは看板の下にある換気口に2つ並んで2ペアが営巣しているところである。といっても、数年前に見たことがあるだけで、今はどうなっているか分からない。他の地域のことはよく知らないが、甲府市内のビルの換気口に営巣しているもので、1つのビルに2ペアが営巣しているところはほとんど無く、たぶんこのビルだけ。ひょとしたら他でもあるのかもしれないが、探す気力も無いので良くわからない。 |
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| ○2001・5・24 母性 |
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| 本日は一日職場の研修であった。面倒くさいけどしょうがない。 本日は少々肌寒く、家ではストーブを久々に焚いた。僕はどうでもよかったのだが、カミさんが1人で寒がり、しかたなく焚くことになった。今週末に仕舞う予定であったので、残りの灯油を使い果たすためにもちょうどよかったのかもしれない。子供は「暑いよー」と言っているのに・・・・・・ 昨日の新聞では、「代理母」の記事が騒がれていた。争点は倫理の問題と代理母の母性の尊厳という問題の2点があげられていた。僕が注目したのは倫理の問題ではなく、後者の代理母の母性の問題である。代理出産の進んでいる欧米では、子供の親権や養育権をめぐった争いが絶えないようだ。今春日本で初めて出産したという今回の例は、受精卵を提供した姉夫婦の妹が出産したのであるが、新聞によると子供を産んだ妹が、精神的に不安定になったということである。代理母制度などは昔から知っていたのだが、僕は、問題は倫理的な問題だけであろうと思っていて、「母性」ということにまで問題が発生するとはとても考えが及ばなかった。これは僕が男であるということが一番影響しているとは思うのだが・・・・・・母性とは不思議なものである これは人間特有なものだろうか? 他の哺乳類だけでなく、鳥類や両性爬虫類などでも、母性を持っていると感じているのは僕だけであろうか? 猛禽などは典型的なものだと思っている。 本日の写真は、昨日の巣の住人のアオサギです。デジスコで撮った初めての写真です。特に何を言いたいわけではないが、写真が全然無いので貼り付けただけであす。 |
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| ○2001・5・23 エピソード4 |
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| 本日紹介するのは、Sさんという方で、まさに「信念」の人である。僕の職場の先輩の友人だそうである。ここであまり細かいことを書くと、いろいろと支障がでるかもしれないので、詳しくは書くことができなく残念なのであるが、4月より仕事をやめ、ある活動に専念をするそうだ。僕も、昨年知り合ったばかりで、正直言うと最初はただの変わり者の人かなと思っていたのだが、何回か接するうちにその誠実さ、真摯な考え、信念の一途さなどに大きな感銘を受けてしまった。詳しく書けなくてすみません。 とりあえず、エピソードシリーズとして4人の方を紹介させていただきました。まだまだユニークな人たちがたくさんいるのであるが、このまま書いていくのも面倒くさくなったもので、これで終了します。気が向いたらまた書くようにします。 これまで紹介した方をみると、大きく二つのグループに分かれます。一つは自然界に対して非常に特別なセンスを持った人。もう一つは「信念」をもって行動している人。僕は、このような人たちを尊敬してるのかもしれない。 今日の写真は、初めて見たアオサギの巣です。情けないことに今年の3月にアオサギの巣というものを初めて見ました。想像以上にちゃちな巣でした。こんなもので、巣が壊れて落ちるんじゃあないかと心配するほどであった。ここは笛吹川という河原にあるニセアカシアに架けられてるものである。アオサギの営巣を見て、最初に頭に浮かんだのは、「こいつらは特に天敵もいないから、こんなとこに巣を作るんだ」と思った。この河原などは、年中オオタカが狩場としているところであり、アオサギはオオタカに狩られることが無いため、このようなところに営巣するのか、と思ったからである。しかし、よくよく考えてみるとそれだけの理由では、彼らは最初からこのようなところで営巣してもよいはずである。ということは、サギ山での集団営巣から分化してきたタイプなのであろうか? いずれにせよ、アオサギだけこのようなところに営巣するようになったのは、なんらかの要因があるはずに違いなく、やっぱりオオタカとの関係が想像できる。・・・・・・こんなことを想像しているだけでも楽しいことである(本当は、別に楽しくは無いのだが、何か書かなくてはと思って・・・・・・)。 |
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| ○2001・5・22 植樹祭 |
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| 本日は「植樹祭」について、の感想を少し 植樹祭は今年で第52回目になるそうで、すべての都道府県を巡回し、今年から2順目になるのだそうである。栄えある第1回目の開催地は僕の住んでいる山梨県であり、2順目のトップも山梨である。久しぶりに天皇陛下が本県に巡幸なされるということで、日本中から警備の警察官が集まっているようだ。また、主催者である山梨県関係者もだいぶ気を使ったことだろう。 数日前の地方紙にも、その特集がでており、昭和天皇が植樹されている第1回目の植樹祭の写真も、何枚か写っていた。それらの写真を見ると、案の定、周りはほとんど禿山であることが確認できた。当時のその写真の場所に立つと、一面禿山であったことなど信じられないことがわかる。自然は動いている・森林は人間の生産活動により影響を受けていることが窺い知れる。 本日の地方紙によると、植樹祭の会場整備費・運営費などに要する経費が15億円、会場への侵入路線の整備として27億円かかったそうだ。マスコミも連日天皇陛下の一挙手一投足の報道ばかりが、やけに目につく。いったい植樹祭の理念やスローガンなど、何人の人が知っているのだろうか? これからどのように生かされるのだろうか? 本日の写真は、捩れ曲がって山に捨てられていた木の幹の一部です。たぶんこれもサワラだと思う。植林されてぬくぬくと生育し、猛禽の営巣場所を提供している樹もあれば、厳しい自然の中で必死になって行き永らえているこのような樹もある。面白いもんだ。 |
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| ○2001・5・21 エピソード3 |
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| 本日、側頭部の痛みがなかなかとれず、夕方に脳外科に行き、頭をスキャンしてもらった。結果は異常なし。ホッと一安心ということで、エピソード3号を書いてみる。 今日は動物写真家のgakuさんこと宮崎学さんである。自然に興味のある方は、ほとんどご存知であろう。どうせ書いていけばわかることなので、今回は実名にします。僕が宮崎さんと出会い、最初に「えっ!」っと、驚いたことがある。それは次のようなことであった。一緒に少し山を散歩したのだが、いきなり登山道に突っ伏し、周囲の匂いを嗅ぎ「んっ、ここはカモシカが歩いてるね!」・・・・・・・・・「えっ?」っとおもわず、声にならない驚きを覚えました。僕が驚いたことは、「宮崎さんはカモシカの匂いがわかる」ということではなく、「動物の匂い」に着目をして自然に接している、その接し方というか感覚(僕が普段よく言うセンス)に驚いたのである。 誰しもその気になればいくつかの動物の匂いなどを覚え、野外でそれを嗅ぎ分けることなど、実際はそんなに難しいことではない。例えば、キツネの体臭を覚え(たぶん一番覚えやすい)、野外に出てその匂いを探す。などということは、簡単にできるのである。こんなことは「教育」でいくらでもできるのである。普通の人に絶対にできないことは、「誰に教えてもらうでもなく、そのことに気がつく事ができる」ということである。誰しも「あること(何でもよい)」について教わると、「なるほど」と納得できるのであるが、その誰でも納得できる「あること」は、普通の人には見つけることができない、あるいは気がつくことができないのである。ちょっと抽象的な表現になってしまったが、「見つける・気がつく」という能力を、宮崎さんは人一倍持っていることは確かであろう。 このことは宮崎さんの写真集を見れば一目瞭然である。「けもの道」・「死」・「アニマル黙示録」などなど、普通の動物写真家と呼ばれる人たちと比べても、まったく見ている視点というか角度が違うのである。宮崎さん流に言うと「複眼視して自然を見ている」のである。 「死」という写真集がある。他人の評価はわからないが、僕は動物写真集では世界最高の傑作であると思っている。自然に興味のある人すべてが知っている「死んだらどうなるのか」について・・・・・これはあくまでも知識として「知っている」だけであって、あるいは、生態に関する本にはどのような本にも書いてあり、知識としてしは知ってはいても、だれしもその現場を見たことがないであろう。そのことを、たった一人で検証し、世間に教えてしまった。 現在「生態系」の保護の必要性ということが注目を浴びている。その生態系の中で、一番不明な部分あるいは誰も知らない部分をキチンと、しかも1人で・・・・・・・全国で、おおげさに言えば世界中の自然に興味を持つ人間の中で、「死んだ動物を長期間追跡していくとどうなるのか?」などということを考え、実行する人間がいるだろうか? きっと宮崎さんしかいないと僕は思っている。この感覚というかセンスが重要なのである。動物の普通の生態写真をとることなど、誰にでもできるのである。死についても、せいぜい死体を撮っているくらいであろう。宮崎さんは、普通の人が気がつかない事柄に着目できる、唯一の動物写真家であると思っている。 だから、僕は「死」が、世界最高の動物写真集と思っている。宣伝みたいに思われるかもしれませんが、そんなことはまったく無く、あくまでも僕の評価と感想だけです。 本日の写真は、ホッと一息の僕の写真。ただいまこんな状況です。トホホ・・・・・ |
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| ○2001・5・20 なんとか大丈夫か・・・・ |
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| 本日は午前中は三女の運動会で、午前中は幼稚園へ、午後からは大変暑くなってきたので、家族みんなで涼みに出かけた。お出かけ先は八ヶ岳方面へ。途中、チョウゲンボウのところにより40分ほど観察するが、子供が飽きてとうとう親は見れずじまい。まあ、どっちでもいいのだが・・・・・・ あいかわらず側頭部の痛みと、歯を噛み合わせた時の痛みは感じるが、吐き気や頭がボーっとなるような症状は出ないため、どうやら脳のほうは何ともないかもしれない。痛みや腫れは時間が立てば少しずつよくなっていくだろう。これで何とか大丈夫そうだ。明日からはここも通常のペースに戻そう。本日も禁酒。 本日の写真は、八ヶ岳のある登山道で見かけた捨てられたシダの写真です。きっとコゴミ(クサソテツ)と間違えたのであろう。このコゴミは、山梨で注目されてきたのは、ここ15年程前のことである。それ以前は、一部の人を除きほとんど食べられてはいなかった。最近の山菜ブームにより、たくさんの人が採るようになってきた。きっと、これは間違えて採ってきた人が、捨てたものであろうことは想像がつく。つい10日ほど前も、バイケイソウだかコバイケイソウだかを、ギボシと間違えて食べて、食中毒になった記事が地方紙に載っていた。知ってしまえば、間違えのないようなものとは思うのだが、まだまだこのようなわけのわからないシダを採ってくる者もいる。 |
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| ○2001・5・19 まだまだブルー |
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| せっかくの週末なのに、ひょとしたら、脳内出血しているかもしれないという恐れを心配している僕は、とうてい1人で山に行く気がしない。山で症状が出たら即アウトのような気がして・・・・・まぁ、いくら心配しても、なるようにしかならないのであるが・・・・・今朝は確実に鼻血が止まっていることも確認し、全然気分も良い。きっと昨日の吐き気や、頭がボーっとしたのは二日酔いのためだったのかもしれない。 なぜこのように脳内出血に恐れおののいているかというと、昨年僕の知り合いが、同じような場面(この人の場合はバイクで転んだ)で脳内出血したからである。しかもその人の場合は1年のうちに2回も症状が出て、2回の入院手術、合計で4ヶ月くらい入院していた。そんな姿をまじかに見ていたからなのである。 さらに、恐ろしいことには、10年ほど前に撮影した写真の1枚に、僕の頭の部分が写っていないものがあるのである。まるで心霊写真のように・・・・・それ以来、頭の病気やケガには特に注意をしてきたつもりで、今回のようなことがあると、なおさら心配になってしまうのである。 最悪なことに、今晩も「飲み会」が入っていたのである。しかもこちらの都合にあわせてもらったため、断ることもできない。なんとか会場まで出かけ、事情を説明し勘弁してもらった。その際、バカな私は、自然とビールと日本酒に手が伸びてしまったが、なんとかこらえ(実際はこらえていないのだが)て、ビール1杯と精米歩合35%の大大吟醸酒1杯を恐る恐る飲んでしまった。右の側頭部が少し痛くはあるのだが、これは骨の痛みだ骨の痛みだと言い聞かせながら・・・・・・・そして、あまりにも美味しい日本酒であったもので、このまま大丈夫だったら3日後に飲むからと、その酒を頂戴してきてしまった。昨晩しばらく禁酒せねばと誓ったばかりなのに・・・・・・・・少々、ブルーと自己嫌悪とヤケッパチが混ざったような複雑な心境である。 幸い今のところ医者に言われた自覚症状もないもので、少し安心してきたところである。何とか2日目もクリアしたので、もう大丈夫だろうと思う。夜になりやっと右目が少しだけ開けられるようになった。 本日の写真は、クヌギの葉についている葉巻虫を、少し分解したもの、筒状の中の部分に幼虫が入っている。葉が柔らかいうちに巻いているのだが、よくこんなに綺麗に巻けるもんだと感心したもので、思わず分解してみた。どの虫もこのように葉の裏左側部分から巻いていた。この地域だけの特徴かもしれない。そして、約1cmくらいの間隔で葉が留めてあった。 |
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| ○2001・5・18 かなりブルー |
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| エピソードシリーズは本日お休みです。今日はちょっとブルーな僕の話を・・・・・ 朝から右目が全く見えない状態なのである。おまけに鼻血がずーっと出っ放しで、全然止まらない。医者に見てもらったのだが、頭蓋骨の右目の上にヒビ入っていて、鼻骨が曲がっているそうである。おまけに右目の付近には何かの影まで見えると言われた。僕が心配しているのは、脳内出血なのであるが、今は分からないが、2〜3日中のうちに吐き気がしたり、頭がボーっとなたっり、手足がしびれるようなことがあったら、すぐに脳外科に行くように言われた。ガビーン・・・・・・・・ 吐き気はするし、頭はボーっとするし・・・・・おまけに、鼻血は止まらないし・・・・・鼻血といっても、鼻の穴から血が流れているわけではなく、喉の奥から出ているようで、すべてがそのまま胃に流れ込んでいるようだ。 実は昨晩飲んで帰ってくるときに自転車でコケてしまい、どこかに顔を打ち付けたのである。情けないのは、そのことすら憶えていないのである。だから、吐き気や頭がボーっとしているのも、二日酔いか脳内出血のせいかよくわからないのである。ひょとしたら、朝から何も食べていないので、血が胃にたまり気持ち悪くなっているのかもと思うし・・・・・何とか夕飯を胃に流し込み、少し様子を見ていたら吐き気もおさまり、夜になって鼻血も止まり、やっとパソコンに向かえるようになり、これを書いている次第である。一時は遺書でも書いておこうかとも思ったのだが・・・・・いずれにせよ、もうしばらくは安静にしていなければならないと思う。飲んでの帰りに自転車で転んだのはここ2ヶ月ほどで3回目になり、自分でも情けないと同時に危ないということを痛感した。よって、自分自身への戒めもこめて、本日よりしばらくは禁酒生活に入る予定である。 5・16の写真の回答は「ミズバショウ」である。お解かりになりましたでしょうか? 花を見れば誰でも判るのでしょうが、花が咲いていない時には、ほとんどの人が判らないであろう。自然を観ることの難しさである。 本日の写真は、太い木がモミで、根っこの部分が裂かれているように見えるのがスギである。数百年の時を経てこのような姿になったものと思われる。ものすごい生命力である。 |
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| ○2001・5・16 エピソード2−2 |
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| 今日もHさんの話の続きです。 センスの良さはピカイチであるということを昨日お話しましたので、今日は、目に見えない彼の業績他を少し思い出しながら書きます。 オオクワガタの幼虫は、菌を食べ成長します。今では昆虫研究家の間では常識のことであり、子供向けの本にもすべて書かれています。実はこの幼虫が菌を食べるということを発見したのもこのHさんなのである。彼がそのことを発見した時には、「オオクワの幼虫は木のリグニンやセルロースを食べて成長する」というような論文が発表され、昆虫の学会やハイアマチュアの間では、この発表のように幼虫は木の成分を食べると誰もが信じていた時であった。僕もすっかリその論文を信じて、木の成分を食べると思っていたのだが、あるときHさんが「青木君、幼虫は菌を食べてるんだよ」と、ぼそっと言われた時には、僕もびっくりして「えー、Hさん、リグニンかセルロースを食べてるんじゃあないんですか?」と、思わず聞き返してしまった。じゃぁ、家に来いよということで彼の家に行き、彼の飼育というか実験というか・・・・・その現場を見にいき、ついにその光景(幼虫が菌糸体を食べている)を光景をこの目で確認したのである。「えっ・・・ほんとだ!」・・・・・声にならない叫びと感動であった。正直言ってただの「優秀な捕り子」さんと思っていた僕の彼に対する評価が、音を立てて崩れた瞬間であった。学者からハイアマチュアの研究者が束になって研究したのに、わからないことを、一介の捕り子さんがいとも簡単に、しかも1人で発見してしまったのである。そしてこのことは口コミや昆虫雑誌への投稿などにより日本全国に広がり、今では常識となっている。 そして、この発見がオオクワの乱獲に歯止めをかけたり、価格の低下により誰でもが楽しめるペット(?)になったり、他の分野の研究に大いなる影響を与えていることは、周知の事実であり、この発見は、彼のセンスの良さが遺憾なく発揮されている事象の一つであろう。 自分で言うのも恥ずかしいが、僕もセンスの良さでは普通の人には負けないつもりでいたのだが、その自信も、彼と付き合うようになり木っ端微塵に打ち砕かれてしまった。このような人が虫だけではなく、猛禽をやってくれたら、どれくらい大きな功績を残すのだろうか? 何回となく誘ったのだが、とうとうこちら(猛禽)の世界には足を踏み入れることはなかった。彼いわく「僕はほんとにオオクワが好きなんだ」・・・・・・ 今日の写真は、何でしょうか? ぱっと見は「オオバコ」のように見えますが、1枚の葉っぱの大きさはオオバコよりもはるかに大きく、トチノキやホウノキくらいの大きさがあります。ヒントは湿地に生えている植物です。 |
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| ○2001・5・15 エピソード2−1 |
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| 本日ご紹介するのは、甲府市にお住まいのHさんです。以前は石和町というところに住んでいましたが、3年程前甲府市に越してきました。 彼は元「捕り子」をやっていました。何を捕っていたのかというと、オオクワガタという虫の捕り子をしておりました。それはそれはすごい人で、現在、オオクワガタという虫は養殖方法がほぼ完全に確立され、非常に安価な値段で市場に供給されていますが、10年ちょっと前までは天然物しか供給されずに、「黒いダイヤ」と呼ばれていました。全国で、80年代初頭の供給量は5000匹前後、後半においては1500匹前後くらいであったろうと思っています。まだ天然物がたくさん捕れた80年代初頭までは何人かの捕り子さん(季節捕り子含む)もいましたが、80年代の後半になると自然界での絶対量が激減し、商売にならなくなったのでほとんどの捕り子さんは、脱落していった。その中でも、彼は1人で奮闘し全然いなくなってしまった80年代後半においても、1500匹供給されたと書いたが、そのうちの80%は彼の捕った虫であった。これはものすごいことである。 当時(80年代)は、ものすごいオオクワブームがあり、日本全国から腕自慢が山梨にオオクワを捕りにきていた。間違いなく千人単位で捕りにきていただろう。しかも、当時山梨に採集にきていたほとんどが、いわゆるクワガタ屋さんや甲虫屋さんであった。いわばセミプロと考えていいだろう。これらの採集家が大挙山梨に押しかけてきても、彼らが採集する数よりも、Hさん1人で捕る数の方が間違いなく多いのである。まさに筆舌に尽くしがたいほどスゴイのである。数千対1でも勝ってしまうのである。しかもこの数千の中にはセミプロがゴロゴロいるのである。僕もよく一緒に山に行ったのであるが、とにかくセンスのよさはピカイチであった。当時は一流と呼ばれているその世界の人達とも山に行ったが、センスが全然違うのである。例えていうと30年前の霞ヶ関ビルって感じで、2位の人を圧倒的に引き離しての1位。2位の人にはその差の大きさがわからないくらい引き離されているのであった。形容詞が浮かばないくらいすごいのである。 このHさんについては、もう少し書きたいことがあるので、明日もこの続きを書きます。 本日の写真は、忍野の水族館の続きの写真です。このような感じでジオラマを取り入れた生態展示がなされています。まさにミニ琵琶湖博物館。これも悪くはないのだが、惜しむらくはもう一ひねりして、季節ごとに魚がどのようなところに移動するか? とか、夏と冬ではどのようにエサが変わるのか? とか、見せ方はたくさんあるのだが・・・・・・まぁ、このようなことは設計士には絶対わからないことなので、しょうがないかなと思いますが、せっかく作るんだったら、やっぱりもう一ひねり欲しかったですね。 |
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| ○2001・5・14 エピソード1 |
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| 本日より僕の身近にいて、おっこの人はちょっと違うぞ!と思った何人かの「人」の紹介をしたいと思います。最初は、鳴沢村というところにお住まいのWさんから この方はアマチュアの昆虫研究家であり、教員をしていました。これだけだと特段珍しくも無く、普通の人であるが、GW明けの先日突然葉書が舞い込んできて、このようなことが書いてあった。そこには「この度山梨県の自然の変化に危機を感じ3月31日現在をもちまして○○○高等学校を退職いたしました 大学卒業以来25年間にわたり公私とも・・・・・・・今後は 充電期間の後新しい形の環境教育やエコツーリヅムを目指しつつ NPOとして富士自然保護研究所(FUNCI)をスタートさせるべく準備中ですので・・・・・・・・・・」というようなことが書かれてあった。 えっえっ・・・なぜ?・・・・・というのが第一印象であった。いろいろな人からWさんの業績も聞いていたり、僕の知っている限りでも、大変優れたナチュラリストの1人です。人柄も真面目で、誰からも慕われ・信用され、このままアマチュア研究家として、優れた業績を残していくだろうと思っていたのに・・・・・葉書をもらった今でも信じられない状態です。たぶん本人もかなり悩んだ末の決断だと思いますが・・・・・今のこのご時世に、自ら安定した仕事をやめ、荒海に航海しようとしている・・・・・Wさんならば、きっと成功すると思います。とにかく、がんばって下さいとしか言いようがありませんが、熱いエールを送りたいと思っています。 本日の写真は、忍野村に新しく建設された水族館で優雅に泳いでいるイトウです。ここの水族館は新しくできたばかりで、しかもミニ琵琶湖博物館という感じの内容なので、なかなか良いところです。おしむらくはあの琵琶湖博物館でさえ入場料が500円なのに、ここは400円します。コストパフォーマンスからみると圧倒的に負けているかなとも思いますが、ここにはここの良さもありますので、山梨にお越しの方はぜひお立ち寄りください。 |
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| ○2001・5・13(三・釜) 妖精 |
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| 今日は動物デーだった。シカは4群70頭以上、キツネを1匹、テンを1匹、ヒメギフチョウ多数などなど、一番驚いたのはテンであった。歩いて近寄っても6mくらい、自動車では3mくらいまで近寄れるのである。なかなか木に登らないんだなぁー、と思っていたら、ずーっと地面で採餌していたのである。考えてみたら、木の上には、今の時期テンのエサとなるものが無いのである。ゆえに地面で採餌するのは当然か! 越冬していると思われる小昆虫や、ヤマアカガエル、トカゲ、たぶんミミズなどを採餌していた。驚くべき食欲である。この間わずか20分ほどであった。カエルやトカゲなどを食べているときは、ガリガリと骨を齧る音まで良く聞こえた。ちょっとテンに対するイメージが変わった。 本日の写真はヒメギフチョウである。少し風が吹いてきて、地面に降りたところをパチリ。5枚ほどでじ亀で写真を撮ったのだが、ぶれていないのは、この1枚のみでした。食草はウスバサイシン。近くの林を少し見たのだが、ウスバサイシンの株はいくつかあるのだが、産卵はされていないようだ。きっとここではなく、別の場所で発生しているのであろう。蝶屋さんの間では、春の女神と呼ばれているギフチョウの次に発生する蝶として知られている。僕ら猛禽屋(山梨の)が行くところにはギフはいない。ヒメギフのみである。それゆえ、僕はヒメギフを「春の女神」と勝手に思っている。 |
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| ○2001・5・12(分) 切番 |
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| 今日は、山から帰りにチョウゲンボウの様子を見にいったのだが、驚いてしまった。なんとヒナが6羽もいるではないか。あれれ・・・・・この間は3羽しかいなかったのに・・・・その時はどうやら孵化していなかったらしい。しかも、僕は「チョウゲンボウは普通2〜3卵卵を産む」と書いてしまっているではないか。そういえば、昔(といっても10数年前だが)医師会館のビルで繁殖していたときなど、7卵なんていうときもあった事を思い出した。まじいなっ、ということで、本日訂正させていただきました。 本日の写真は、先週林道に車を落とす直前に達成した190000km。といっても、そのほとんどは前所有者の従兄弟のものだが・・・・・僕が乗る車は、たいていラジオが壊れる。多少人より運転が荒いからかもしれない。同じ車でラジオが2年以上続けて聞くことができたことはない。ほとんどその前に壊れてしまう。狭い林道でUターンするときなど、車が何かにぶつかるまで動き、大き目の石が林道上にあるときはバンパーを利用し、ブルドーザーのように動かし、屋根は年中登るもんで、もうデコボコ。ダートの林道でも急ぐ時は70kmくらいまでスピードをだしてしまい、初めて横に乗る人なんざ、青くなる人までいる始末である。最近は危険なので60kmまでにセーブしている。まるで車が宙に舞うような走り方をしてしまい、そんなことが原因でラジオなどの機器が壊れてしまうのだろう。ちなみに、車載の無線機はダート仕様を積んであるので、今のところ壊れてはいない。 |
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| ○2001・5・11 メンフクロウ |
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| 今日ボルボの新しいステーションワゴンを見た。初めて見たんだが、なんかカッコ良かった。色はシルバーで、しかも、「きなり」さんに似たとびきりの美人が運転をしていたので、なおさらである。久しぶりにカッコイイと思う車を見た。最近カッコイイと思った車は、三菱のステーションワゴンであるが、カミさんからは「あんた、あの車は髪の毛が赤とか紫の若い衆の乗る車だ!」と言われた。ガックリ・・・・・ なぜこんなことを書くのかというと、カミさんの車も異常に古いのである。そう・・・昭和生まれなのである。そろそろ珍品の部類に入ってしまいそうである。冬は雪が降るたびに、通勤に僕の車へ乗っていってしまい。「やっぱり車は四区だ」などとほざきながら、僕はカミさんのスリックタイヤの車に乗らされている。そのため、そろそろ車を買い換えようと思っているところでなのである。安全を考えると四区・ABS・エアバック付きで、5人家族が移動するためには、荷物もかなりの量が置ける車が欲しいところだ。こんなことを考えながら、時間があれば、これらの願いがかないそうな中古車を探しているところなのである。カミさんの希望を満たす車を探すと、だいたいこのようなステーションワゴンタイプの車になると思うのだが、それをカミさんに言うと、「あんたっ、あんな霊柩車みたいな車がいいの?」と言われてしまう。・・・・・???ふんじゃあ、どんな車がいいんだい?・・・・・ 今日の写真は、たぶんサワラだと思うのだが、道の横に転がっていた。切り口を見ると、まるでメンフクロウかカマキリのようである。このようになったのは、たぶんいつの日かに幹の半分ほどが裂け折れ、生きていた導管部分が徐々に肉巻きを続け、このようなハート型になったのであろう。僕が何でこの樹を「サワラ」と考えたかというと、普通の植林樹の場合、これくらいのダメージを受けるとほとんどが枯死するか、大風や台風などのときに倒れてしまうものである。このように肉巻きするまで現存していたということは、間違いなく直根を持った天然木である。しかも、ここいら辺にあるこの仲間を考える、スギでもヒノキでもない。ここいらにあるのはサワラしかない。そのために、サワラではないかと思ったのである。写真では判らないが、年輪の詰まった良い木である。先日の「樹医」さんの話ではないが、「樹洞」などを埋めても何も関係ないことがこれを見てもわかるというもんである。 当然のことながら、普通の人はこの樹を見ても「なんか、おかしな形をしている!」で終わってしまうだろう。上記のようなことを想像するだけでも、自然とは、「あらゆるすぜての情報を、100%人間に対し発信している」のであるが、彼らの発信している情報を何%受信することができるのかが、正しく自然を理解できるかどうかの基準になると僕は思っている。(当然、僕がここで書いてあることは、ほとんどが推測で書いています。樹皮を剥いできて、種を特定するようなことを行う時間も根性もありません。また、どの様な理由でこんな形になったのかも、正確にはわかりません。ですから、ここに記述したことがあっているかどうかについても、責任はもてませんが、この樹を見た瞬間に、上記のように考えました。みなさんは、この写真を見て、どのように考えたのでしょうか??) |
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| ○2001・5・10 大雪の落し物・・・その2 |
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| 今日の夕方、車を助けるために第2次救出隊を繰り出す。昨日はエスクードにお願いしたのだが、失敗したため、今日はハイラックスサーフに長いワイヤーと滑車を用意し、車を前に引っ張るようチャレンジした。1度目のトライの時にはワイヤーが切れてしまったのだが、2度目には、切れたところを補強しトライしたところ、いとも簡単に脱出することができた。ほっ・・・・・これで週末の足が確保することができた。 今日の写真は山梨のとある林道の写真です。いつもならGW中には何とか通れるのだが、今年はこんな状況です。ちょっと急斜面があるだけなのだが、そこから押し出された雪が写真のように林道を覆っている。高さは2m以上はありそうだ。こんなことは初めてである。それに例年に無く春の気温が低いように感じられる。そんなことも融雪を遅らせている原因かもしれない。まるで新潟の山に行ってるような錯覚を受ける光景である。間違いなく近年まれな降雪量と降雪量である。いつになったら通れるんだろう・・・・・ |
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| ○2001・5・9 大雪の落し物・・・その1 |
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| 今日の夕方山に駐車しておいた車を取りに行ったのだが、結局イヤイヤされて連れて帰ってくることができなかった。おまけに二重遭難の危険の憂き目に会い、ほうほうのていで山を降りてきた。どーしよう?・・・オイラの車は、あそこで短い生涯を終えてしまうのか? くやしいから、帰りに一緒に行ってくれたH氏と中華料理屋で生ビールと、久しぶりに焼酎を飲んでただいま帰宅。ほんとっ、週末どうしよう・・・・・・ 今日の写真は、山梨県内のある林道でのひとコマ。お辞儀しているのは、ミヤマハンノキでわかりづらいが根元の直径は10cm前後のものである。どうすればこんなに曲げることができるんだろうと思う。特に傾斜のきついところではないのに、いとも簡単に曲がっている。たぶん、枝に積もった雪の重みで曲がり、その上にどんどん積雪が重なったせいで、いわゆる「ため折り」の状態が長い期間続いたせいでこのようなことになったのであろう。まるで日本海側の雪崩地を見ているようだ。落葉樹だからこのようにため折り状態になるのだが、常緑の針葉樹のアカマツなどはあちこちでボキボキ折れ、林道をふさいで我々の行く手を阻んでいる。 楽しみなのは、このように折れ曲がっているミヤマハンノキが、この後どのように成長していくかであろう。全体が少しづつ上方に戻ってくるのか? それとも新梢の柔らかい部分だけ上方に伸びてくるのか? そんなことを見るのには、山梨では最初で最後のチャンスかもしれない。 |
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| ○2001・5・8 鼻血ブー |
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| ゴォーンといきなり顔面を殴られたような感触で目が覚めたのは、朝4:45ごろ。毎晩一緒に寝ている三女の必殺カカト落としが、僕の顔面に炸裂したのであった。気がつくと両方の鼻から血がダラーリと・・・・・あわててティシュで鼻をふさいだのだが、寝るに寝られず新聞を読んでいると、長女が起きてきた。なんだこんな時間にーと思ったのだが、長女は今日から楽しみにしている修学旅行だった。いつもはぜんぜん起きられないのに、今日は自発的に起きたようだ。現金なものである。僕は昨日の酒が抜け切らずに、6時ごろから7時までまた一眠り・・・・・・・・ 本日の写真は、埋められた樹洞です。10年程前から「樹医制度」が知られるようになり、樹木の保存・保全活動が盛んになり、写真のような「樹洞を埋められた樹」があちこちで見られるようになってきた。これは、ある樹医さんに聞いたら、「樹の中の腐ってる部分を削りだし、殺菌剤を塗り、これ以上腐りが広がらない様にする処置である」だそうである。樹とは無傷で大木に成長できるものなどほとんどなく、どんな樹でも多かれ少なかれ多少のダメージを受けている。日本の巨樹・巨木と呼ばれているものの中では、このような樹洞を持つものはあたりまえで、樹洞を持たない樹を探すのが難しいのである。つまり、「樹洞:あるいは、彼らのいう腐り部分」が、樹に対してはほとんど悪影響を与えてはいないのである。彼らの言うように悪影響を与えているのであれば、このような巨樹・巨木には絶対に成長しないのである。「フクロウ」の項でも書いているが、これは腐朽菌のなせるわざで、この腐朽菌は生きている細胞、すなわち導管部を腐らすことはありえないことで、あくまでも、すでに死んでいる状態の心材部のみ腐朽させるのである。このような外科的処置をしたところで、何にもならないことは明白なことである。それなのに、かれらはこのような処置を、繰り返しているのである。樹に対してはプラスにもマイナスにもならないからいいのだが、問題は、その樹洞部分を利用している野生動物達であろう。ただでさえ樹洞不足の日本の自然の中で、昔から守られてきた社寺仏閣・学校・鎮守の森などに残された樹洞を持つ樹達の、樹洞が今なくなりつつある。 このようなことにより棲家を追われる野生動物達がどれくらいいるであろうか?・・・森林から追われ、やむなく社寺や鎮守の森に住みつく様になったフクロウ・ムササビ・ハクビシン達は、これからどこへ行けばよいのだろう? いいかげんにこのような馬鹿げた処置は止めてもらいたいものである。 樹医さん!!・・・・・お願いします。 (けっして樹医さんと呼ばれているすべての方や、樹医制度、あるいは樹木治療のすべてを非難しているわけではありません。樹洞を埋めてしまうことに対して、その意義と有効性が感じられないだけですので、お間違いのないようお願いします) |
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| ○2001・5・6 GW最後の休日なのに・・・・・ |
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| ということで、最後くらい子供と遊んでやらなければ、ちょっとまずい雰囲気になってきたもんで、家でしばらく子供達と遊びながら、HPのメンテを行い、少しアップする。その後やっぱり少しくらいは外に出ようと思い、次女と三女を連れ、午後3時半頃山に出かけた。少しフクロウを見て、トコトコと林道を散歩していたら、行き止まりになり、少しづつバックしてきたらいきなりドカンっと溝に転落してしまった。左前輪が浮いてしまっている状態である。自力では脱出不可能なため、無線で仲間を呼んだのだが、全然応答が無い。あいにく携帯電話も家に忘れてきてしまった。しかたがないので、デジカメで現場写真だけ撮っておき、子供達と下山することに決めた。一番近くの民家まで約2.5kmといったところか? まあ、40分ほどあれば下りられだろうと、3人で下山を始めた。なんとか6時少し過ぎには最寄の民家にたどり着いたもので、そこで電話をお借りして、家に電話をかけ、カミさんを呼んで、我々3人はその集落の公民館で待つことに決めたのだが、カミさんがぜんぜん来ないのである。1時間以上も待ったのだが、来ないため寒くなってきた我々は、再び下山を始めた。この下の駐在所がある部落まで行けば何とかなるだろう、と思い。7時少し過ぎに再び下山を始め、8時少し前に駐在所にたどり着いた。子供には少し長い道中であったが、僕も僕で、昨日の木登りにより、普段使っていない筋肉を使ったもので、少し疲れてしまった。時々三女などを抱っこしながら歩いたもので、ほんとにクタクタになってしまったのである。 駐在所にやっとの思いでたどり着き、そこからカミさんに電話を入れたら、どうも近くにいるようで、すぐに駐在所で合流することができた。カミさんは、駐在所の集落周辺をずーっと探しており、我々のいたその上の集落まで来なかったようなのである。とんだGWの最終日になったものである。しかし、子供達には良い経験ができてよかったであろう。 車は、最初今日中に下ろす予定でいたのであるが、僕もクタクタにくたびれていることもあり、また、本日190000kmを達成したもので、空気の良い山で2〜3日休息させる事にした。 |
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| ○2001・5・5 子供の日・・・ |
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| 昨日は、猛禽研の会議で遅くなり、帰ってきてバタンキュー。また、風呂で寝ると困るからと思い、昨晩は風呂に入ってから出発。 今日は、あちこち色々なものを観察に・・・・・ザゼンソウの大群落があった。4時半過ぎになって登る樹を決め車の中に積んでおいた巣箱を架けた。本当は別のところに架ける予定であったのだが、なかなか返事が来ないもので、面倒くさくなってこれは別のところに架けることにした。こんな時間に山に入ってくる人はいないだろうと思い、車の鍵はつけっぱなし、財布も落とすと困るからと思い、そのまま運転席に置きっぱなし、後ろのドアも開けっ放しの状態で、巣箱・架設道具一式・ぶり縄などを持ち林の中に入っていった。何とか架設できそうな樹を探し、登り巣箱を架設していると、車のエンジンの音が聞こえるではないか。しかも、オイラの車のところで止まって周りを見ている様子である。・・・・・えっ、こんな時間に???・・・・・財布は金が入っていないからいいとしても、車や車の鍵だけでも持っていかれたり、いたずらされたら帰れなくなってしまうので(ここから一番近い家まで5km以上はある)、どうしようかと思ったが・・・・・降りてまた登るのも面倒くさくて、「さ〜て、そろそろ帰るか!」と樹の上から大声で叫び、しばし様子を見ていると、その車は再び発車していった・・・・・もうこれでどうなってもイイヤと思い作業を続けた。何とか架設し終わり、ちょっぴり不安な気持ちで車に戻ると、財布も鍵も大丈夫だった。良かった〜! 教訓:車を止める時は安心のため鍵はかけるようにしよう。 本日の写真は、山梨県と長野県の県境地域の国道20号線で、はみ出し追い越し違反者を捕まえようとしている長野県警のお巡りさん。だいぶ前は、坂の上で見張っていて、そのうちスピード違反の取締りをするようになり、最近またはみ出し禁止違反を取り締まる様になりました。連休中の混雑する道路でハミ禁する奴いないと思うんだけどね〜。長野県警さんは非常に面白いので、そのうちいろいろエピソードを書いていきます。 |
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| ○2001・5・3 寝ているツバメ |
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| せっかくのGWなのに、天気があまり良くなく、今日も家族サービスに決めた。あっちへふらふら、こっちへふらふらしながら結局「魚釣り」に行くことにした。魚といっても対象はアブラハヤである。これだと子供にも適度に釣ることができ、なんとなく楽しめるのである。当然釣った魚は持ち帰り天ぷらか、から揚げにして食べるのである。しかし、川に行ってすごい増水と濁流に驚いた。ためしに手を入れてみると、冷たい雨水が入っているせいか、水温も低くイワナやヤマメ釣りなどには良さそうだが、ハヤ釣りにはちょっと向きそうにない。それでもせっかく来たのだからと、釣りを始めるが30分してもひとあたりもないのであきらめて、フクロウウオッチングに切り替えた。見にいったところは、ヒナが2羽いるところなのだが、そろそろ巣立ちを迎えるため、うまくすると巣立ったヒナが見えるかもしれないと思ったからである。残念ながらヒナ達はまだ巣の中で、巣立ってはいなかった。巣立ちまでは、あと2〜3日といったところだ。 本日の写真は、タイトルそのまんまの寝ているツバメ夫婦である。フクロウウオッチングに時間がかかったため、夕食は外食で済ますことにした。ラーメン屋さんの「とんとん」へ行ったところ、入り口にこのツバメの巣がありオスメス交互に抱卵をしていた。帰りがけにまた覗いたら、夫婦揃って寝ていたため、車からデジカメを取り出しパチリとしたものである。卵を温めているものと、巣の縁にいるものと、いったいどちらがオスで、どちらがメスなんだろう? |
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| ○2001・5・1 本日はメーデーだそうで |
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| 早いもので、すでに5月に突入しました。好むと好まざるとにかかわらず、時間はどんどん過ぎてしまっていくものである。今日の午後、少しまとまった時間ができたもので、この機会にホームページを少し手直しをする。本当は中味の更新をしたいのだが、それはまた後ほどに、と。 写真を探したのだが、全然見つからず、やっとアオバズクの写真が出てきたもので、久々に表紙を更新できた。このままでは、表紙の画像を更新することができないため、「募集」に切り替えた。はたして投稿は来るのだろうか? 写真をお持ちの皆さん、ぜひご応募ください。 本日の写真は、先日子供達と見た岩合光昭氏の「デジカメ日記写真展」会場である。この会場の中に365枚にもわたる写真とそれぞれの解説がある。プロなのであたりまえの事だが、季節を巧みに捕らえた美しい写真ばかりである。時には、僕の心の琴線に触れる写真も数点あった。「なるほど」と思わせる写真も数点ありました。外(フィールド)ばかりではなく、たまにはこういうものを見るのもいいもんだ。 |
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| 2001.2.1 OPEN |